文・写真(グダンスクの写真を除く):オラシオ
ポーランドはヨーロッパの中でも特にジャズ・カルチャーが盛んな国として知られています。人口における若年層の割合が高いためミュージシャンもリスナーも若者が多いことと、日本における東京一極集中のような環境ではなく国内各地にそれぞれのジャズ拠点が点在するという特徴があります。国内各地にレベルの高い音楽大学やアカデミーがあることも、そうした環境づくりに一役買っています。
それでは、それぞれの街を拠点にするご当地ジャズ・ミュージシャンの音楽とともに、ポーランドの主要都市を巡る旅に出てみましょう。
<ワルシャワ>
歴史を感じさせる街並みとコンテンポラリーな建物が混在するのはこの国の主要都市に共通する特徴ですが、巨大なビルが立ち並ぶアーバンな情景が見られるのはこの首都ワルシャワだけです。
ワルシャワ拠点の先進的レーベルLado ABCは要チェック。パヴェウ・パヴリコフスキ監督の映画『COLD WAR あの歌、2つの心』の音楽制作でも知られる天才Marcin Masecki マルチン・マセツキら若手が共同で設立したインディレーベルです。実験的なジャズだけでなく、電子音楽やエクスペリメンタルなポップ・ミュージックなど多彩なカタログが魅力。ちなみにこのレーベルのミュージシャンは来日したことがある人も多く、日本のファンにも比較的親しみやすいのではないでしょうか。
ワルシャワと言えば、パリに渡る前のショパンが活躍したことでも知られます。ショパンはワルシャワ郊外のジェラソヴァ・ヴォラ出身。ポーランドでは非常に数多くのショパンのジャズ・カヴァーが制作されており、この国ならではのジャズ・ジャンルと言ってもいいでしょう。
<クラクフ>
ポーランドの京都とも評される一大観光都市です。第二次世界大戦で徹底的に破壊されたワルシャワとは違い比較的被害が少なかったため、歴史的な建物やレトロな街並みがそのまま残っているところが多いのが魅力の一つ。Harris Piano BarやU Muniaka、Klub Alchemiaなどジャズや即興演奏のライヴが楽しめるヴェニューが多いのもクラクフのいいところです。
クラクフを拠点に活躍している若手ミュージシャンではPaweł Kaczmarczyk パヴェウ・カチュマルチクが一押し。ミクスチャーな音作りとDJやVJをフィーチャーしたステージでジャズ好きの若者の間でカリスマ的な人気です。この街では他に、有名な民謡音楽家の両親を持つヴァイオリニストStanisław Słowiński スタニスワフ・スウォヴィンスキや、クラシック一家出身の鬼才Pianohooligan ピアノフーリガン(Piotr Orzechowski ピョトル・オジェホフスキ)などジャンルを飛び越えた活動をする若手が目白押し。
<ヴロツワフ>
南西部の大都市ヴロツワフは橋の街です。中心部はオドラ川にぐるりと囲まれており、市内には200本以上とも言われる橋がかかっています。街のあちこちに隠れている小人のオブジェを見つけるのもヴロツワフ散歩の楽しみです。
EABS(Electric Acoustic Beat Sessions)はヒップホップやビート・ミュージック、スピリチュアルジャズなどの要素をベースにしたヴロツワフの若手ジャズ・コレクティヴ。またこの街には、ポーランドゆかりの作曲家をテーマにした作品を数多くリリースしこの国ならではのジャズ美を追求するベテラン・ピアニストKuba Stankiewicz クバ・スタンキェヴィチも住んでいます。
<トロイミャスト>
北部のバルト海沿岸地域にはグダンスク、ソポト、グディニャという有名な3都市があり、まとめて「トロイミャスト」と呼ばれています。特にWojtek Mazolewski ヴォイテク・マゾレフスキやLeszek Możdżer レシェク・モジジェルら日本のファンにも知られるスターを輩出したグダンスクは、今でもフレッシュな感性の若手が数多く活躍する街です。
<ポズナン>
個人的にオススメの街がポーランド西部にあるポズナンです。地方都市ならではののんびりローカルムードと小ぢんまりしてかわいらしい街並みはリピート必至。またFripp Record Storeは小さいながら驚くべき品揃えを誇るレコード&CDショップで、音楽ファン必須のスポットです。
ポズナンでは今、ドラマーAdam Zagórski アダム・ザグルスキやDawid Kostka ダヴィト・コストカ&Damian Kostka ダミアン・コストカの兄弟(ギター&ベース)、ハーモニカのKacper Smoliński カツペル・スモリンスキなど才能あふれる若手が相次いで登場。同じメンバーが掛け持ちでいくつものプロジェクトを立ち上げ、「チーム・ポズナン」とでも呼ぶべき結束力と勢いがあります。
ポズナンはポーランド・ジャズ史における伝説的大作曲家Krzysztof Komeda クシシュトフ・コメダがキャリアの初期に活躍したことでも知られています(写真はポズナンの街角にあったコメダのレリーフ)。彼はジャズと映画音楽双方のイノヴェイターでした。1969年に亡くなった彼の音楽は、ジャズをはじめあらゆるジャンルのミュージシャンにカヴァーされ、今も多大な影響を与えています。
<ステップ・アクロス・ザ・ボーダー>
最後に、現在トレンドになりつつある「デュアラー方式」をご紹介します。国内外の複数都市を拠点にするミュージシャンが増えています。その代表格は、グダンスクに生まれワルシャワとベルリンを行き来する若手女性ピアニストHania Rani ハニャ・ラニでしょう。またデンマークのコペンハーゲンでは「リトル・ポーランド」と呼びたくなるほどたくさんのポーランド人ミュージシャンが活躍しており、一大コミュニティを築いています。写真はコペン在住のポーランド人たちが企画した教会ライヴSwan Østerbroのリハの様子。ピアノを弾いているのは若き天才Kamil Piotrowicz カミル・ピョトロヴィチ。
オラシオ
ライター、エッセイスト。青森市在住。『中央ヨーロッパ現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』監修。
コンピCD『ポーランド・ピアニズム』『ポーランド・リリシズム』選曲・解説。